2015年9月24日木曜日

Rock`n`Roll weekender in Yokohama and Japanese 50s & Rockabilly scene

 This, probably the biggest (or at least one of the biggest) rockabilly and rock`n`roll show so far in Japan, Rough House R&R, was held on September 20th and 21st 2015 in Yokohama, the third biggest city in the land, located 30km (19miles) Southwest of Tokyo.
 The show had been absent for some years in the past, and it was the come back and 7th one.

 We had a chance to display Craft Rite products there and to talk to people from all over Japan. We appreciate dropping by the booth and had a lotta fun hanging out there.

   クラフトライトは2015年9月20、21日に横浜ベイホールにて行われた
ラフハウスロックンロール7thに展示出店させて頂きました。
 今回その模様をお伝えしたかったのと自国日本の50s、ロックンロール&
ロカビリーシーンを北米、南米、欧州そしてアジアの方々にも知って頂きたかった
ので英語で記載致しました。それ程難しくないので見て頂けたら幸いです。
 そして今回お世話になりました関係者皆様に御礼申し上げます。

Rough House R&R 7th

After Party on the first night by The Bash Rec Hop

 As far as the entertainment goes, it went pretty good.
The music was running whole time and you could go for a vintage&replica thread shopping spree all the time.

 DJs, who are widely known as top rated, played mostly original wax from the 50s. I guess that`s a world trend now. They have been in the scene for a long time and have their own hops in their local town.

DJ Tago     Tokyo 

DJ Unagami     Tokyo

DJ Go from Tokyo

 The bands were enthusiastically accepted by audiences. Probably 350 rockin` chicks and cats participated each night. (It is pretty large since the scene has been shrinking and getting smaller and smaller, unlike the heyday during the early 80s and the early 90s here.)

 Some bands were relatively newer and others have been playing over 20years.
I think you can check`em on youtube.

Souta&The Blitz Attack Boys     Tokyo

Stompin` Riffraffs     Tokyo

Ramjet Ramblers     Tokyo

The Pringles     Tokyo

Los Rizlaz     Chihuahua, Mexico

Rollin` Rocks     Tokyo

 In addition to these bands, there were special guests from USA and UK,
Joe Clay and John Lewis from The Rimshots fame, who have been touring all over the world and been on stage for American and European weekenders repeatedly.

Joe "Sixteen Chicks" Clay     Louisiana, USA
backed by Duke & The Nice Guy     Tokyo

 There were some top vintage clothing shops known by dressers and collectors vending here. Their merchandize was moderately priced, even though it was just getting harder and harder to find good items, even in the land of Freedom.
 Also Japan is well known for high quality replicas. Consequently, due to the shortage of killer vintage items, purchasing and putting on replicas turned out to be acceptable and is one way to fill the gap when they deck out with 30s,40s&50s styles.

Vending section



 50s fashion style and rockabilly music in Japan were introduced and widely spread during the late 70s and early 80s by clothing brands like Cream Soda, Peppermint from Tokyo as well as British brands. And bands like, Stray Cats from NY, Black Cats from Tokyo and maestro Levi and/The Rockats from London/London&USA were quickly picked up as well as original songs from the 50s used on TV commercials and on media. Around the same time, 50s vintage and NOS/Deadstock Style from the States were discovered and introduced by vintage dealers in Tokyo and Osaka. Also, Cream Soda used to deal with vintage threads at one point.

 Consequently, Japanese kept buying and collecting so many 50s vintage,,,the reason is, probably, just love for it, with the help of advantages in economical growth and better exchange rate against US Dollars during the early 80s, that we should possess great number of killer pieces here. They might have been worn out, or may stay in somebody's closet yet. Or/And they got deteriorated already, or/and being forgotten in their garage. And/Or they were sold to someone already,,,etc, etc. 
 Though, both older and younger rockabilly cats in Japan boast quite a bit of collection of vintage. And I would like to show you their stash whenever I had a chance here on this blog. Since we, Craft Rite, replicate "Pre&Post War" and "Golden Era" American style boots and shoes here in Japan toward all over the world.

Japanese boys flashin` out with their cat clothes
Yuichi     Truck Driver     Saitama

Kanzawa San     Gunma

Toku     Carpenter     Gunma

"Caddy" Sato     Gunma

"Saito Chan"     Tochigi

Tackey     DJ&Banker     Ibaraki

Nico the Horse Power     DJ     Tokyo

Oshiba     Shizuoka

Katsu     Photographer     Tokyo

Tatsun     Kagoshima

Good Speed Sid   DJ&Organizer   Tokyo

The organizer of Rough House R&R
"Bancho" Iwasa     Kanagawa

画像と写真はイベント責任者並びに各個人様の了承を得ています。
トラブル防止の為削除希望の画像等がありましたらお知らせ下さい。

2015年6月17日水曜日

”ビンテージ”という高品質の物を作り出した国でそれを陰から支えていたレザータンナー

米国イリノイ州シカゴの工場地域に煉瓦の古い建物があるのですが、今回はそちら
を訪れ工場内も拝見させて頂きました。それが今や世界的に有名になったレザー
タンナーの工場です。その名はHorween Leather Company、さすがに内も外も
20世紀初頭から創業されているたたずまいがありました。勿論こちらは以前から
有名なレザータンナーでしたが、裏方の仕事として靴または服飾メーカーの陰に
あったと皆さんも考えていたのではないかと思います。実際にこの工場を訪ねた際
も社長がそうおっしゃっていました。しかしながらそのブランドの製品やコンセプト
の人気、または昨今のレザークラフトや物創りの材料や製作方法の原点回帰などと
いう点も相まって表舞台に登場し”あのメーカーのあの製品はあそこの革だから
良い”という以前とは違った評価もされてきていると思います。そして今回幸運にも
創業家4代目のSkipp Horween社長とお会いする事が出来、本人直々の工場案内を
して頂いた上とても興味深いお話しを聞かせて頂きました。


 ホーウィンレザー社外観

ホーウィンレザーサンプルレザー入れ冊子

ホーウィンレザー社工場内

以前もお話ししたのですが、私達が一番に想像するであろうビンテージの格好良い
ワークブーツにはかなりの割合でホーウィンのレザーが使用されたのではないかと
私は思っていました。そして今回社長にお話しを伺いある程度の事が判明致し
ました。日本で大人気の米国ブーツメーカーは40年代から50年代はホーウィン
を使用しておらず、やはり近年の周年記念に一時期だけ使用した事が判明。しかし
ながら今は影を潜めてしまったメーカー(消滅はしていないと推測)ですが、
40年代から50年代そして70年代頃迄かなりのワークブーツとドレシューズを
販売していたところに戦前戦後黄金期頃に革を供給していたそうです。

今は亡き米国靴&ブーツメーカーの50年代後期頃のセールスマンサンプル
(ホーウィンレザー社製牛革使用と推測)

以前その今は影を潜めたメーカーの全盛期のデッドストックのワークブーツを拝見
した事がありましが、ホーウィン社の現在のクロームエクセルに似たクローム染め
の特徴を帯びたしっとりとした質感とオイルの艶そして柔らかさがもしかしたら
そのクローム染めの革ではないかとそれといった確実な証拠はないながらも思って
いました。そして今回工業内にある資料でホーウィンのクローム染めのレザーを
使用した40年代から50年代のレザー編み上げブーツを見せて頂き、私の考えは
的を射ているのではと思いました。そしてそれはホーウィン社の先代が当時着用
していた物だそうで偶然にもそれは前出の今は影を潜めたメーカーの編み上げ
ワークブーツでBILTRITE社のハーフソールにCAT'S PAW社のヒールが装着されて
おり、私達が一番に想像するであろうビンテージの格好良いブーツその物でした。
またこちらも信じがたい事に工場のどこかから丸々出て来たという1948年製の
クロームエクセルのデッドストックも見せて頂きました。それは過去に見た影を
潜めたメーカーの全盛期のデッドのブーツの革と同様の特徴を備えていました。

ホーウィンの製品は品質面でも興味深く現在のクローム染めの革と前出の1948年
の物を比べても分かるのですが、長きにわたって変わらないこの会社の一貫性が明白
で当然現在の状況にも合った新しい製品や色彩も開発製作しながら伝統となった物を
残し続け次の世代に伝える姿勢があると思います。それはまた数多くの企業が賃金の
低いよその国に工場を移転し始めた60年代後期から70年代もこの地に留まり、
変わらない品質の製品を作り続けた米国の製靴企業と同様だと思います。ビンテージ
や伝統的な米国スタイルを愛好している世界の人々そして米国人はホーウィン社の
そういった革新でありながら不屈な点に引き付けられているのは間違いないのでは
ないかと思います。

サンプルレザー入れ冊子の裏
(ホーウィン家社長方々)

今回のホーウィン社長とのお話の中で印象に残ったのはとても謙虚だという事です。
前出通り社長がおっしゃった事は基本的にホーウィン社は裏方にいてメーカーを
邪魔する事を希望しないそうです。高校生からアルバイトでこの仕事を始めて以来、
これ一筋とおっしゃっていたプロフェッショナルな姿勢も垣間見せておられました。

スキップホーウィン四代目社長とコードバン製造最終工程部門

若い国アメリカの10、20年代の黎明期、工業力で存在感を見せ始めた30年代と戦前、
世界を圧倒した戦中戦後、そして繁栄を謳歌した黄金期を通して支えまたその中で
重要な存在であった創業1905年のHorweenの製品を使用した、1950年代のアメリカン
スタイルの日本製品を販売させて頂く事は私にとってとても喜ばしい事あります。

米国40年代から50年代頃のコードバンベルト
(ホーウィンレザー社製コードバン使用と推測)

ホーウィンレザー社製コードバン使用と推測のベルト裏面
(PARIS社製)

クラフトライトホーウィンクロームエクセル使用の刻印ローパーブーツ
(未使用と使用中品)

2015年4月20日月曜日

現地アメリカの確立した一つのシーン

4月の第1週に米国ラスベガスの大型カジノホテルで行なわれたフェス、
Viva Las Vegas 18にその前夜祭での小社の展示もあった為、出向いて参りました。

ここ数年はVLVに毎年参加させてもらっていて、今年は例年よりも客足が鈍かった
感もあったのですが、それでも室内と屋外合わせれば2.5万人以上の観客が足を
運ばれていた様です。その中にはこのイベントで新しく知り合う方々や、
毎年この時だけに会う友人もおり、私自身もとても楽しい週末を過ごさせて
もらっております。

水曜の前夜祭から始まり日曜の夜、月曜の早朝迄、毎日朝方まで延々と続く
ウイークエンダーで、ホテル内の音楽は新旧、世界各地から参加している
このジャンルの数多くのバンドとDJ、そして土曜の午前から夕方まで1日だけの
野外ホットロッドとカーショー、数バンド出演の特設ステージ音楽フェスの
プログラムを中心にその週末には食事、バー、ギャンブル、服やCDショッピング、
タトゥー、バーレスクショー、ミスコンテスト、ファッションショー、
ダンスコンテスト、ボーリング等と米国の休暇イースターホリデーの週末を
過ごす為にホテル全体が50sのテーマパークと化します。

やはりアメリカはホットロッド、カークラブの影響もありこのジャンルのシーンの
人口が増え続けている空気を今まだ感じる事が出来ます。

また服装、スタイル面でもアメリカでは50sビンテージ、ギャバジンシーンは既に
確立されているだけでなく年をおうごとに勢いを強めている様です。
また日本、英国は勿論、カナダそしてドイツ、フランス、スペイン、
オーストラリアの熱狂的なファンの方々のビンテージの探求もこれからも
続いていく事は間違いなく、その他諸国でもこのシーンは拡大してきている様です。

勿論、ここアメリカでも品質の高い日本のリプロダクトの人気と地位は揺るぎ
ありません。
また近年は米国製にこだわらなくても品質がとても良く、価格でも販売しやすさを
帯びたアメリカの製品を多く目にする様になりました。

アメリカの50sシーン、特に上辺だけではない音楽と服装、スタイルはこれからも
盛り上っていくのは間違いない様です。

Viva Las Vegas 18

Viva Las Vegas 前夜祭

アメリカカリフォルニアの50sビンテージスタイル
Tony Vida   Optician   San Francisco, California


Brandon "Bud" Amato   Tattooist&DJ   Los Angeles, California





2014年12月4日木曜日

ビンテージ資料から判明する戦後の米国の衣料または製靴産業の変化

第二次大戦を圧倒的な工業力で制し、その後その力を国内に向けた米国では
益々豊かな生活を送る事が可能になり、中流階級層の生活様式も贅沢に
なってゆきました。そしてその贅沢さは衣料産業にも浸透し国民の
服装にも表れた様です。またその潤沢な国力から派生した新しい生活様式や
習慣も始まり、やがてそれが国内産業全般までも変え、産業形態の変化へ
繋がってゆきます。
今回は米国の戦後の生活様式と衣料産業界の変化、そして近年の米国衣料業界の
復活やクラフトライトの意向をお話し致したいと思っております。

靴や衣料の甲材として使用される革は、ほとんどの場合食用や道具として
利用された動物の二次的産物です。米国は第二次大戦の勝利と国内の安定で、
空前のベビーブームに沸きました。そしてその急成長は膨大な需要を呼び、
多方面で供給が追い付かなくなってゆきました。戦前ブーツや多分野の
衣料に用いられていた、柔らかくて軽い部分と硬くてもしなやかな部分が
取れる丈夫な馬革がほとんど食用として用いられてないという点で品不足に
陥り、代換えが登場し馬革が衰退しました。それが牛革です。牛は
それまでも食用にされていて大量に生産出来た上、皮質も良く革としても
扱い易かった為瞬く間に馬革から取って代わってしまった様です。また他の
理由として生きた馬の皮は傷が出来ると治りずらく、ノミに噛まれた
痕さえも傷として残ってしまい、革にした後でも残ってしまいます。
その点も馬革の衰退に繋がっていったと推測します。

馬革臀部バットオイル

馬革の表面の傷がある部分

その後米国産業と国民は便利さを求め大量生産、大量消費の方針を取り入れて
ゆきます。そして衣料産業界にもその大きな変化が一気に浸透し始めました。
それでも戦後の米国は、その大量生産の中でも高品質を維持する事が可能
でした。科学技術の発展などにより人工素材が戦前よりも優れた品質を
保つ事が可能となり、天然素材の綿や高価な絹がレーヨンやアセテート、
また衣料以外でも利用される素材で多種多様な物に用いる事が出来る塩化ビニール
またはプラスティック、ゴムなどの合成樹脂に移行し、製靴産業にもその進化が
用いられました。レザーソールの代換えとして合成樹脂スポンジ製ソールなどが
廉価版、大型デパートの通信販売商品に頻繁に使用されてゆき、そしてその
代換えの甲材を使用した安価で安定した品質の製品が、米国大衆に浸透した
という事だと思います。

50年代の靴の樹脂製ソール

50年代の靴のスポンジソール
(クレープソール)

50年代の靴の革と化学繊維メッシュ甲部とスポンジソール

50年代中期の米国大型デパートの通信販売用カタログ
(樹脂製ソール仕様を多数掲載)


30年代後期のデパートの通信販売用カタログ
(レザーソール仕様を多数掲載)

(樹脂製ソール仕様も少数記載)

また大量生産方針の米国生産業は、労働条件や環境問題とも密接に関係しました。
平和で安定した米国内で労働者の権利も強くなり、組合の要求などで経営陣との
賃金や労働時間等で相違が広がりました。環境面では大量生産の面で公害問題が
発生して、地域と相違が出て来たり法律を整備されたりし経営者の利益至上主義の
面も重なり、賃金の低い国に設備を移行しやがて米国内から工場が去って
ゆきました。また敗戦国や発展途上国に仕事を振り分け、その国を潤し
米国式民主主義を浸透させるという点でアメリカの思想的な国益も兼ねていた
様です。結果的に製靴産業もかなりその変化の影響を受け、高級靴でないと
米国内での生産は維持出来なくなっていったと推測致します。

しかしながら近年、発展途上国などで生産される米国内で使用される物に、
国民が疑問を持ち始め米国内での物作りが見直されています。懐古主義や
愛国心、途上国の賃金上昇などと相重なって衣料産業界の代表的な品目が
米国内で生産されたり、ビンテージビジネスから派生した啓蒙思想的な考えが、
もう一度伝統のアメリカ製を、といった趣旨で小さい枠で製作されています。
密かに米国職人工芸が陽の目を浴び、それは今やもう大きな動きなのかも
知れません。既にビンテージを踏襲する高品質のアメリカ製の製品が、
有名ブランドによって復活を遂げるいう点も大きいと思います。またそれを
米国に意識させた日本の衣料産業界や消費者も相重なって、益々楽しみな製品が
両国から出現する事は間違いないと思います。

Craft Riteはアメリカがとても良い製品を作り出していた、戦前戦後黄金期の
デザインと品質を求めています。それは革の種類、製法、甲材などある意味
テクノロジーに逆行していて、提供させて頂く側からすると手間が掛かり
割高になる点もあります。しかしながら良い時代に作られていたアメリカの靴は、
半世紀以上経った今もデザイン面そして品質面でも凌駕していると思います。
その様なアメリカの製品を目標に、皆様にご紹介させて頂きたいと思っております。

クラフトライトが使用する樹脂製ソール

40年代の靴の最高級牛カーフ革の経年変化

40年代のワークシューズに用いられた牛革顔料染めの経年変化

50年代中期のハーフブーツに用いられた牛革顔料染めの経年変化

恐らくコンビネーション染めの50年代中期の牛革エンジニアブーツの経年変化







2014年10月22日水曜日

ビンテージ資料から判明するその時代の流行

50年代の靴でその時代特有の、今の流行からすると少し変わったデザインや型の
ものが時々確認出来ます。それには子供の靴やハーフブーツがあり、伝統的で
アメリカンなカウボーイまたはインディアンモチーフのデザインのものが
ありました。また当時流行していたデイビークロケットの影響や、当時の近未来を
連想させた宇宙的な絵柄など少し奇抜で独特なものもありました。

しかしながら大量生産が取り入れられ始めた時代の中でも靴の作りは全く
雑ではなく、むしろ子供用なのに一切の手抜きがなく丁寧に作られていて、
さすが黄金期のアメリカだと感嘆させられます。

いかにも子供的なデイビークロケットなどはないと思いますが、中には
ティーンエージャーや大人用サイズの靴にもそのデザインが取り入れられて、
その点も革新的なアメリカだなと思わされます。

色に関しても50年代より以前は女性だけの色と考えられていた色、特にピンクや
ラベンダー、ミントグリーンも男性衣料に取り入れられ、同様に靴にも
取り入れられました。

それまでプレーントウやキャップトウ、ウイングチップなど
トラディショナルやシンプルなデザインだけだった靴も、50年代には装飾などを
施した新しいデザインが登場して、その後流行の変化と共に消えてゆき
”50年代独特なデザインとしてある特定の人々に伝えられていった様です。


子供用靴







大人用モカシンローファー ミントグリーン色